『 もうすぐクラス替えですね。
3年になる今年は、最後のチャンスです。
君と同じクラスになれたらいいのに。
そんなことをここ最近、ずっと思っています。 』
真っ白な便せんには、薄い桜の挿絵が色を添えていた。
その中央には、お世辞にも上手いとは言えないけれど
それでも丁寧に書いているのが分かる、ボールペンで綴った文字。
誰がどう見ても、私へのラブレター。
これで通算96通目。
100枚目のラブレター
〜 最高で最悪な関係 〜
「おーい!咲月!」
「っ!?」
「…?なに慌ててんだよ?」
「な、なんでもないっ。それより何?」
「あ?あー、お前さっき何の授業だった?」
慌てて握りつぶした紙を押し込んだ掌ごと、
背中に回して隠した。
そんな私を不思議そうに、どこか胡散臭そうに、
首をかしげる顔が数メートル先で眉間に皺を寄せる。
春。3月。
あんなにも長かった冬は
いつの間にかどこかに置き去りにされ、
開いた窓から流れ込む風はほんのりと春の香りを漂わせている。
「さっき?科学だったけど。」
科学室から教室への帰り道。
通りかかった3階の廊下。
中庭を挟んで、第1校舎と第2校舎が向かい合う。
第2校舎側の窓から大きく身を乗り出して
私に手を振る無邪気な笑顔は今日も健在だ。
「まぁじで?っしゃぁ!ラッキー!貸してくんね?」
「いいけど。綺麗に使ってよ?」
「あったりめーよ!」
「本当にぃ?この前変な落書きして返してきたじゃんか。」
「だーもう!時間ねーんだから早く貸せよっ」
「え?ここから!?」
驚く私に、当然だとでも言うような顔で頷く。
確かに、ここから第2校舎に行くには
一度2階に降りて渡り廊下まで行かなければならない。
しかも科学室は4階。
あと5分もしないうちに授業が始まる今、
そんな回りくどいことをしている時間がないのは確かだけれど。
「いーから!早く投げろ!」
「えぇー!?ちゃんと取れるのっ?」
「だーいじょーぶだって!ホラ、貸せっ」
何故か自信満々な瞳に私は小さく溜息をつくと
仕方なく、開いた窓からあいつと同じように大きく身を乗り出した。
手を伸ばしても勿論届かない窓と窓の間は
おそらく5メートル前後ってところ。
ハンドボールの苦手な私でも、これなら何とか届くかもしれない。
覚悟を決めて、大きく手を振り上げる。
「えいっ!」
「あ!バカお前っ」
「え!?あ〜〜〜〜っ!!!!」
悲しいかな。
大事に大事に使ってきたシミ1つない教科書は。
半分にも満たない距離で飛ぶことをあきらめ、
はるか下の中庭へと急降下していった。
「うそぉ〜〜っ」
「おっまえ、それじゃぁ届くわけねーだろ!
もっと考えて投げろよ。」
「だって!それでも全力で投げたもんっ」
そう必死で訴えたところで、後の祭。
私の教科書は中庭の花壇へと着地し、
風に揺られてまるで私をからかうように
パラパラとページをめくっていく。
「私取ってくる。」
「あー、いい!いい!俺取ってくるから。」
「えっ、いいよ!私のせいだし。」
「真面目なお前が授業遅れたらセンコーがビックリすんだろ?
俺は遅刻なんて慣れてるし。」
「でも…」
口ごもる私に、窓枠に頬杖をついたまま笑みを深くする。
元々色素の薄い茶をした瞳が、陽の光を反射して魅惑的に輝いた。
その瞬間、ぐっと息がつまるような感覚を覚えて
私は掌の紙くずごと、思わず胸元で揺れるスカーフを握りしめる。
…けれど。
「それに、お前がトロいのも慣れてるし♪」
「な、何よそれ!ヒドい!」
「ハハハッ!まぁとにかく借りてくよ。サンキューな!」
「えっ、ちょ…吉森ぃ!?」
優しさを感じたのはほんの一瞬。
すぐさま人を小馬鹿にしたような態度へと舞い戻り
軽く右手を挙げると、それを合図に廊下を駆け出して行く後ろ姿。
「あんた達も相変わらず仲良いねぇ。」
「果楓!聞いてたの?」
「あんなデカイ声で話してりゃ、そら聞こえるって。」
あいつが階段に消えた途端、まるでタイミングを図ったかのように
ひょっこりと肩先に顔を出したのは
親友の堀川 果楓(ほりかわ かえで)だ。
果楓とは2年になってからずっと仲良くしていて、
男っぽくサバサバした性格が一緒にいてとても楽しい。
お調子者がたたって、時におフザケが過ぎることもあるけど…ね。
身を乗り出した果楓の
長いストレートの黒髪が風に揺れている。
整った顔立ちに似合わず、中庭を覗き込む笑顔は悪戯っこみたい。
肘でつつかれながら窓の下を除けば、
息を切らした姿のあいつが教科書を手に、ピースサインをしていた。
「ほら、手振ってあげれば?」
「…やだよ。別に仲良くなんてないんだから。」
「まったく百は可愛くないねー。」
「どーせ可愛くなんてないもん。」
始業のチャイムを背に受けて、
溜息をつく果楓の腕を取り教室に急ぐ。
遠くで「無視すんなよー!」と叫ぶあいつの声が聞こえた。
「あたしは良いと思うけどな。あんた達みたいな関係。」
「全然良くないよ。1年からの悪友だもん。」
「親友の間違いでしょ?」
「ちーがうってば!」
私の名前は咲月 百(さつき もも)
あいつの名前は吉森 渉(よしもり わたる)
1年の時、同じクラスだった私たちが
互いを名前で呼び合っていたのは随分と前のこと。
学校イチのモテ男くんの渉。
学校イチのガリ勉女の私。
一見何の接点もない私たちが、付き合っていた事実。
それは親友の、果楓さえも知らない―――――――。
to be continued。。。
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