自分で言うのも変だけど。
私はとっても惚れっぽい。
好きになるのは大抵が一目惚れだし。
優しくされると、
自分に気があるのかもって、すぐに勘違いしちゃう。
性格は熱しやすく冷めやすい。そして単純、だと思う。
寂しいのはいや。
ひとりぼっちもいや。
なのに、どうしてだか
好きになった人にはいつも嫌われる。
フラれるときの定番文句は「ウザイ」「しつこい」「重い」。
どうしてかな?
ただ、好きって気持ちを伝えたいだけなのに。
何で好きな人に「好き」って言っちゃいけないの?
たくさんのモノなんて望まない。
ただ、笑顔が見たい。
側にいたい。
ほんのちょっとでいいから、私のこと好きになって?
これってワガママなの?
あぁ、またあの人に冷たくされちゃった。
でもいいの。
私は負けない。
だって、一度きりの人生。
恋をしないなんて、すんごく勿体ないと思わない?
今日も私は携帯のボタンをプッシュする。
だって声が聴きたいの。
1秒だって惜しいよ。
今すぐ会いたいんだもん。
人よりバカな私だけど、
これだけはハッキリ言えるんだから。
私は
自分が死ぬその瞬間まで、恋をしていたい。
恋して死にたい
人生初の告白をしたのは。
中学1年。
相手はレンタルビデオ店のお兄さん。
「ご利用は一泊でよろしいですか?」
その笑顔に一瞬で恋に落ちた。
お釣りを受け取るのも忘れて「付き合ってください!」
あぁ思い出すのも恥ずかしい。
あれからその店には一度も行っていない。
2番目の告白は、その1ヶ月後。
相手は同じ駅を利用していた高校生。
毎日見かけるサワヤカな横顔が大好きで、
寒い寒い冬の朝、思い切って声をかけた。
人混みを掻き分け精一杯彼の制服に手を伸ばす。
「あなたのこと、ずっと見てました!」
確かな手応えは一瞬で、
すぐにスルっと何かが抜け落ちたような感覚。
耳に届いた発車のベル。
結局、思い切り掴んだブレザーだけを残して
彼は人混みに流されたまま電車の中に消えていった。
1人寂しく駅員さんに事情を話し、
ブレザーを預かってもらったけれど。
駅員さんには笑われるし、学校には遅刻するしで本当最悪。
次の日から、私はチャリ通学になった。
そんな私に初めて彼氏が出来たのは中学3年。秋。
塾で偶然隣の席になった、同じ志望校の男の子。
「ほんっと悪いんだけどさ、
今日の小テスト、答えこっそり見せてくんない?
今回の落とすと下のクラス行くようじゃん?
俺、お前と同じクラスにいたいんだよ。」
私は勢いよく頷いた。
そんなことをテストのたびに繰り返し、翌年。
彼はあっさり志望校に受かり、私は不合格。
塾をやめたその日から、彼の携帯は繋がらなくなって。そのまま。
どうしてだろう。
私の恋はいつもこんなのばっかり。
私がいけないの?
私の見る目がないの?
だって仕方ないじゃない。
相手の性格を知る前に、好きになっちゃうんだから。
あーあ。ほんっと私ってバカだな。
自分で自分が嫌になる。
いわゆる私は恋愛バカ。
そんなこと痛いほど分かってる。
でも、でもね…やめられない。
高校2年の冬。
やっぱり私は現在片思い爆走中なのだ!
「寒いぃいーっ」
スカートを揺らす木枯しが恨めしい。
隣のカフェで温かなコーヒータイムを過ごす、
あのカップルが憎らしい。
車の中で暇そうに欠伸をしてるサラリーマンが羨ましい。
路地の隅っこにしゃがんで、
ソックスとスカートの間で震える膝を両手で抱え込んだ。
時刻は夜9時30分。
繁華街から少しだけ離れた、それなりに大きな通り。
車のライトと過ぎる人波の間に「彼」はいる。
冷たいアスファルトに座り込んで、
足下には大きなケース。中身は小銭。
胸に抱えたギターを、握ったピックが華麗に弾く。
そう。
彼はストリートミュージシャン。
そして私の王子さま。
彼に出会ったのは丁度10日前。
数えるのも嫌になるくらいの、告白を断わられた日の帰り道。
足が鉛のようにとても重くて。
吹き付ける風はまるで肌を突き刺すようで。
視界に映るすべての人が、敵に見えた。
私は告白に慣れてなんかいない。
いつだって真剣勝負。全力投球。
勿論緊張もするし、期待だってしてる。
だから、フラれるのだって慣れることはない。
「いつものことじゃん」
たった一言で片づけるのはとても簡単だけれど
そんなわけない。
傷つかないはずがない。
だから私は涙を流す。
それを見て、嘘泣きと言われたこともある。
嘘なんかじゃないのに。
こんなに苦しい心の痛みなら、私だって嘘にしてしまいたい。
でも、そんなこと出来ない。
この痛みは私が恋をした証。
だからキチンと受け止めなくちゃいけない。
どんなに痛くても。
じゃないと、次の恋にいけないから。
だから私は涙を流す。
この日も、泣きながら歩いていた。
そんなとき。
ふと耳に届いた、歌声。
誘われるように顔を上げれば、
涙で霞んだ視界にたたずむ「彼」の姿。
誰ひとり立ち止まることなく過ぎていく光景を
真っ直ぐと瞳に映しながら、彼は唄っていた。
それは涙に濡れた心に響く、とても優しい歌だった。
出会った日のことを思いながら
私は膝を抱え、懸命にギターを弾く姿を見つめる。
彼がここに姿を現すのは金曜と土曜の週2回。
それも9時から11時の2時間ぽっきり。
響く声はどれもあの日と同じ、優しいメロディーを奏で
抱えたギターは傷だらけ。
それでも大事に使っていることがよく分かる。
それがこの10日間、毎日通って分かった「彼」のすべて。
そう、出会って10日の今日というこの日。
あたしはある一大決心をしてここに来ていた。
それは彼に話しかけること。
だってあたしは彼のこと、まだ何も知らない。
知っているのはここに現れる時間や優しい歌声。
勿論それだけでも十分なんだけど、
だけどだけど本当の本音はやっぱりもっと知りたい。
名前はなんて言うの?
どんな字を書くの?
普段は何をしているの?
学生さん?それとも社会人?
スポーツはするの?
コーヒーは飲める?
肉まんとあんまん、どっちが好き?
それに
どんな女の子が好きですか?
色々知りたい。何だって知りたい。
彼のこと。
好きになった人のこと。
お手軽なレンアイごっこ。
端から見ればきっとそう。
でも、そんなの本人次第でしょう?
出会った瞬間運命を感じたって言う人もいれば、
いつまで経っても、ぬるま湯みたいな恋を続ける人もいるわ。
あたしの恋は運命?ぬるま湯?どっち?
そんなの、やってみなきゃ分からない。
「あの…っ」
ケースの中に散らばった小銭を財布の中に収めて、
大きなギターを空になったそれに横たえる。
時刻は11時を数分過ぎたところ。
いつものように帰り支度を始めた横顔に声をかけた。
あたしは制服姿で、紺色のカーデガンとブレザーの上には
ファー付きフードが特徴の黒いコート。
それからフワフワのマフラーを首にまいて。
しっかり防寒対策済の上半身とは対照的に下の方はと言うと、
ボックスプリーツのスカートから覗く足は勿論ナマ足。
履き古したスニーカーまでの道のりで唯一防寒と言えるのは
ブレザーと同色のハイソックスのみ。
あまりにも寒い、寒すぎる格好のあたしは
極度の緊張で
握りしめた掌に大量の汗をかいていた。
「あの、すみませ――――」
「こんな時間に、高校生がウロウロしてちゃダメじゃん。」
「えっ?」
顔をあげるなり、彼は厳しい瞳と言葉であたしに向き直った。
それは全くの予想外。
あたしは口を閉じるのも忘れて
グレーに赤いラインの入ったニット帽を見上げる。
ずっと遠くで見ていたから気づかなかったけれど
小柄だと思っていた彼は、実はあたしより頭2つ分も高い長身に
華奢な体つきという多少アンバランスな体型で。
随分前に男の子は卒業したけれど、大人の男性はまだ修行中。
まさにそんな感じ。
「君、最近ずっと俺の路上来てるよね?
しかも毎回最後まで。」
「あ、はっはい!」
あたしのこと、気づいててくれた!!!
思ってもなかった展開に、
心からあふれ出した喜びが全身に広がっていく。
このままフワフワと空まで飛んでいっちゃいそうな気分。
でも何故か、目の前の彼の眉間には大きな皺が2つ。
どうして?
「夜遊びは君にはまだ早いよ。」
「え、あ…ごめんなさい。」
その言葉で、ようやく怒られていることに気づいた。
ううん。違うな。
怒ってるというより、叱ってくれている感じ。
あたしのこと、心配してくれてるんだ。
その証拠に、慌てて頭を下げたあたしの髪を
彼はくしゃりと軽く撫でた。
その手は驚くほど冷たかったけれど
重なった視線はとても優しくて、あったかい。
その瞬間騒ぎ出した鼓動が
胸を賑わす感情の意味を教えてくれる。
これは恋なんだよ。
あなたは彼が好きなんだよ。
そう、あたしに伝えてくれる。
「あのっ、あたし、ずっといい曲だなって思ってて」
自分の気持ちが恋だと確信した瞬間、
身体中の血液が沸騰していくような感覚が走り抜けた。
凍り付きそうなほどだった頬も、今はお風呂上がりみたいに
熱い。熱い。熱いよ。
「ありがと。」
あぁ、目の前の笑顔が眩しい。
少し釣り上がった切れ長の瞳は、
笑うとほんの少しタレ目になるのね。
そんな些細な発見が、今のあたしにはこんなにも嬉しい。
そしてもっと、知りたくなる。
「じゃ、キミも気を付けて帰りなよ。」
「えっ?」
ところが、舞い上がるあたしを尻目に、
彼はさっさとギターケースを担ぎ上げ
くるりとあたしに背を向けた。
ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってよ!
せっかく話しかけることが出来たのに、もうお終いなの?
そんなの有り得ない!
だって今日は土曜日。
次に彼に会えるまで、あと1週間もある。
あたしには耐えらんないよっ。
「ま、待って!」
慌てて大きな背中を追いかけた。
走るあたしの頬に冷たい風がぴゅーぴゅー吹き付けるけれど、
そんなの構ってられないよ。
両足が霜焼けになっても、
寒さで顔が真っ赤に腫上がっても関係ない。
だってあたしには、今この瞬間の恋の方が大事だもん。
「どしたの?まだなんか用事?」
呼びかけた声に振り向いた横顔は、何とも淡泊。
特に冷たいわけではないけれど、
コレといってあたしへの興味もないみたい。
そりゃそうか。あたしは彼にとってただのお客さんだもんね。
「あの、あたし世里(せり)って言うんです。」
「へぇー、変わった名前だね。」
「そうですか?でも自分じゃ結構気に入ってて。」
「そうなんだ。…じゃー、おやすみ!」
「えっ、あ…そうじゃなくって!!」
あまりにも適当すぎる相づちを放り投げ
彼はあたしを振り切りスタスタと歩き出す。
それでも懲りないあたしに、
再び振り向いた横顔には
僅かながら疲れが見え隠れしているのが分かった。
うぅっ、迷惑そう。…でも負けないっ。
「もー何?言いたいことあんならハッキリ言ってくんないかな?」
「好きなんですっ!!!」
「…は?」
思い切り叫んだ深夜の大通り。
通り過ぎる人達がチラチラと横目で見てくるけれど、どうでもいい。
真っ直ぐと見上げた視線の先。
ニット帽に隠れるようにしている綺麗な瞳には
今ハッキリと、驚きの色が滲んでいる。
「………………」
「………………」
二人を包むのは無言と寒さ。それだけ。
言うだけ言ったあたしは
何だか胸の辺りがスッキリしたような感覚を覚える。
それとは対照的に、腕を組んだりアゴを触ったり。
どこか落ち着かない様子の彼。
それでも、懸命に何かを考えているのは
その仕草から十分に読みとることが出来たから。
だから、あたしは黙って彼の言葉を待つことにした。
そして5分後。
「えーっと……本気?」
ようやく絞り出されたのは、
事も在ろうにあたしの気持ちを疑う単語。
なんてことなの。
唐突過ぎたのだろうか。
どうやらあたしの気持ちは伝わりきれていないらしい。
「冗談でこんなこと言えませんっ」
真剣な瞳で訴える。
信じて貰えないことほど、悲しいのってない。
確かに言葉を交わしたのは今日が初めてだけど、
でも、ねぇ分かってほしいの。
あたしはこんなにもあなたのことが好きなんです。
「そりゃそうだけど、でも……」
あたしの念押しに明らかに彼は困っているようだった。
ギターケースを担ぐのと逆の手は
帽子の上からグシャグシャと髪を掻きむしる仕草。
そんなあなたにあたしも何だか困ってしまう。
だって、ハッキリ言えってあなたが言うから。
あたしは今、自分の心にある気持ちを言葉にしたの。
それはあなたが好きってこと。
心の中はいつだってそれだけだよ?
これって変なの?
それともやっぱりまだ早かった?
「つーかキミ、ずいぶん突然なんだね。」
「そう…ですか?」
「そうだよ。」
1つ言葉を交わすたびに黙ってしまう彼の声を
今か今かと待つ。待つ。待つけれど。
やっとのことで口を開いたかと思えば、
返ってくるのは的ハズレで、どこか返事を誤魔化すようなものばかり。
あたしはむぅっと頬を膨らませると、俯いていた顔を上げ、
真っ直ぐと彼の瞳に自らの視線を合わせた。
「だってあなたはあたしの名前を知ってるし、
あたしはあなたの歌を知ってる。
これって、恋を始めるには十分じゃないですか?」
ちょっとだけ背伸びした台詞。
本当の本当はまだまだ不安材料だらけだけど。
でもね、今だけは強気でいかせてよ。
知らないなら、教えてあげる。
知らないから、求めたくなる。
まだまだ二人は出会ったばかり。
これから始める恋のレシピに、
材料は2つもあれば立派なモンじゃない。
「……くくくっ。おもしれー。」
堪えきれないといった感じで、
彼は唐突に自らのお腹を押さえて笑い出した。
笑顔の中心で光る、並びのいい白に混じる八重歯。
その存在が今まで大人びて見せていた印象を
一気に少年ぽく塗り替えていく。
「キミ、…世里ちゃんだっけ?変わってるよね。」
「そうですか?」
「うん、かなり。」
首を傾げるばかりのあたしに、彼はまた一頻りの笑いを零すと。
あ、と小さく呟いたかと思えば、
おもむろにジーンズのポケットに大きな手を突っ込んだ。
数秒の沈黙の後、ガサリと何かを取り出した右手は
そのままニット帽へ。
勢いよく姿を現した黒髪。
所々金メッシュが存在を主張し、サラサラと夜の闇に溶け込んでいく。
「やるよ!」
「えっ、わっ!?」
宙へと放り出されたニット帽を慌てて掌に収める。
まだ彼の体温の残るそれの中で、
乾いた音を立てたクシャクシャの紙くず。
かじかんだ指先でそっと開いてみれば…
「これ…」
KAZUHIRO LIVETICKET
14:00〜
「かずひろ…」
派手にプリントされたそれはライブのチケットだった。
「夜遊びはもうすんな。これで我慢しろよ。」
「うそ!?行ってもいいの??」
「お前の名前と俺の歌と、それに俺の名前が加われば
友達にもなれんじゃねーの?」
スローモーション。
まさに今のあたしを取り巻く環境。
周りを行く人達がやけにゆっくりと歩幅を進めて。
あんなにも騒がしかったクラクションも、今はもう聞こえない。
ただ、目の前で笑うあなたの…かずひろさんの姿だけが目について
離れない。
「イキナリ彼女志望じゃ、ちょっと高望みだろ。」
半ば放心状態のあたしに構わず、かずひろさんは手を振り
坂の向こうに姿を消していった。
少しずつ少しずつ静かだった街の喧騒が
あたしの耳に届き始めるけれど。
それさえも分からなくさせるほど、
胸を叩く鼓動はどうやら収りそうもなくて。
ライブの日付は明日の日曜日。
「明日も会える…んだぁ。」
夢見る心は明日への原動力。
チョコみたいに甘くトロける夢は、まだ始まったばかり。
先の見えない未来は無限に広がっているけれど。
それでも
やっぱりあたしは今日も変わらず、恋して生きている。
end?
キリ番20をゲットした「Moonlit Tales.」の東湖さんへのリク小説。
リクは「夢見がち」「恋愛オンチ」でした。
まナ的テーマは「頑張れオンナノコ」。すんごく難産でしたぁ;
東湖さん遅くなってごめんなさい!
東湖さんのみお持ち帰りOkです♪
2006/2/12