以前フリー小説として置いていたのもをシリーズ化してみました。
全て、もうフリー小説ではないので持ち帰りなどしないようお願いします。
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最近、何だかとっても厄介なことに気づいてしまった。
ううん。正確には『気が付きそうで怖い』かな。
そう、私は何も知らない。何も気づいていない。…まだ。
本当はそんなこと考えてる時点でアウトなんだろうけどさ。
でも絶対に認められない。認めたくない。
…って必死に意地になってるだけ。


「仕事終わったら、久々に飲みにいかねぇ?」


『ただの同僚』に、『ただ飲みに誘われた』だけ。
それだけでやけに時計を気にしていたり。
化粧直しに余念がなかったり。
何とか残業にだけはならないよう、
いつもは適当にこなす午後の業務をマッハで片づけてみたり。

全部ぜんぶ、特別な意味なんてない。


だって私はまだ…何も気づいていないんだから。








「何、お前フラれたんだって!?」


勢いよくテーブルに叩きつけられた所為で
ビールジョッキを飾る泡が盛大に飛び散った。
自分でそうしておきながら、『ぅおッ』なんて驚いてる横顔は
何だか近所の子供みたい。
本当に同い年?
入社以来何度も吐いた質問をうっかり繰り返しそうになって、
手に持ったネギマで唇にチャックをかける。


「フラれてないよ。私だって合意したんだから。」

「だって別れ話切り出したのは向こうなんだろ?」

「それはそうだけど。つーか何で知ってんのよ。」

「じゃーやっぱりお前がフラれたんじゃんか!」

「ちがーう!って言ってんでしょこのクソガキッ」


1年半付き合った彼と別れたのは丁度1ヶ月くらい前になる。
破局の原因は彼だったか私だったか。
そんなことが曖昧になるくらい、とにかく最後は喧嘩ばかりしていた。

もうそろそろ潮時なのかもしれない。
そう思った矢先の別れ話。
まだ好きという感情は残っていたけれど、
『別れる』という決断に未練や後悔はあまりなかった。

その、理由。それは…


「本気で好きだったんだけどなぁ」

「どんくらい続いたんだっけ?」

「1年半。」

「へぇーお前にしては頑張ったんじゃん?」

「何よそれー。どういう意味?」

「だってお前って妙にオカタイっつーかさ。
 昔はマトモに彼氏すら作れなかっただろ?」

「うっ」


それは事実。

根っからのお姉ちゃん体質な私は
どうも人に甘えたり頼ったりすることが得意ではない。
それが男性相手となれば尚更で。
彼氏が出来てもすぐに破局。
学生時代からそんなことばかりを繰り返していた。


「まぁお前ソコソコ可愛いし、すぐ次の男が見つかるって。」

「嫌よ。もう男なんて懲り懲り。私は仕事に生きるの。」

「はぁ?またお前はそーゆーことを…」


大きな溜息と共に頭を抱えたコイツ――雅之(まさゆき)――を無視し、
私――雅(みやび)――はカシスオレンジをぐびっと喉に押し込んだ。


私と雅之は同期入社以来、3年目の仲である。
名前に同じ「雅」という漢字が使われている、と
雅之の方から声をかけてきた。

それ以来、上司の愚痴や大学時代の話。
時には互いの恋愛相談など、様々な話題を酒の肴にして
私たちは3年もの間、オトモダチというものをやっている。

互いに恋愛感情を持ったこともなければ、勿論身体の関係もない。
本当に純粋に友達。
気を遣わずにいられる数少ない親友だ。

…少なくとも1ヶ月前までは。


「お前ほんっと分かってねーなぁ」


運ばれてきた軟骨とモモを取り分けてやると
嬉しそうに頬張った表情とは裏腹に、その口調はやけに辛口。

焼き鳥は雅之と私の大好物。
こいつと飲む時はだいたい焼き鳥かおでんを食べてる…気がする。
私たちの飲み屋リストにお洒落なバーは存在しない。


「何がよ。私に説教する気?」

「じゃー聞くけどさ。お前今まで何人の男と付き合った?」

「えー?うーんと…8人くらい?」


過去のあいつや、あの人。
色んな顔を思い浮かべては指折り数える昔の恋愛。
まぁ24になる女としては、人並みだと思うけど。


「雅のことだから、遊びで付き合った奴はいないんだろ?」

「まーね。一応全部本気だったわよ。」

「ほらみろ。」

「は?何が?」

「全部本気で好きになって、別れて本気で泣いて。
 もう恋なんかぜってーしねぇって思っても、結局また恋してる。」


運ばれてきた3杯目のビールを受け取り、
器用に泡を残しながら口に運ぶ。
ぷはーっなんて一息ついた鼻の下には真っ白なヒゲがたっぷり付いている。
そんなマヌケな同い年が、やけに大人びたことを言うもんだから。
拍子抜けした私の脳がぐらりぐらりと悲鳴をあげた。

気が付けば私が手にしたグラスもこれで7個目。
そりゃぁ酔いも回るはずよね。
だけど飲まずにはいられなかった。
素面でこいつと肩を並べて食事なんて、今の私には到底無理。


「誰かを好きになるのは理屈じゃねぇよ。」

「そ、そりゃそうだけど。でも…」

「それが恋ってもんだろ?」


やけに自信たっぷりに言うその横顔が
初めて頼もしく見えたとき。
ずっと避け続けていた問題に、とうとう私は気づいてしまった。




「わ、私は…あんたのことなんて絶対好きにならないわよっ」




私は、この生意気でムカついて仕方なくって
それでいて妙に大人びているこのクソガキが。
気になっている…のかもしれなくもなくもないかもしれなくもない…ということに。



「…そりゃどーも。」

「何でお礼なんか言うのよ。好きにならないっつってんの!」

「ハハハッ。さんきゅっ」

「あーもうっ」


愛の告白としか思えない私の馬鹿げた発言を、余裕でかわすこいつは
きっと私よりずっとずっと大人の世界を生きてるんだろう。

何度も誰かを愛して。何度も傷ついて。傷つけて。
何度も泣いて。そしてまた、恋をする。

そんな風にしてこいつは大人になっていったんだろう。


「昔付き合ってたオンナが言ってたんだけどさ。」

「うん。何?」

「恋は花と同じなんだってさ。」

「花?」

「そ。どんなに綺麗に咲いても、冬には枯れちまう。
 けどさ、そこを我慢すればまた春には花が咲くんだ。その繰り返しなんだってさ。」

「へぇー。」


確かにその通りなのかもしれない。
恋は花と同じで、強い雨や向かい風に散ってしまう儚いモノ。
けれど、弱いだけじゃない。
固いアスファルトに咲く、小さな名前すらない花もいる。

どんなに傷ついたって。
もう恋はしないんだって思っても。
また逆に、過ぎた恋を忘れきれずに新たな出会いを望んでいても。

恋は突然訪れる。
花が季節にその身を委ねるように。
そして
きっと訪れた『出会い』を『恋』に変えるのは自分次第なはずだから。


「イイコト言うじゃん、あんたの元カノ。」

「妬くなよ?」

「…っ!?誰がっ!//」

「フハハハハッ」


頬が火照ったのは、きっとこのチャイナブルーの所為。
鼓動が胸を叩くのは、さっき飲んだファジーネーブルが回り始めたから。

何食わぬ顔をして煙草を吹かす、妙に大人ぶったガキんちょ。
酔いの回った頭で懸命に自分に言い聞かせる
私の努力を水の泡にしたのは
こいつのたった一言で。


「俺たちの花は枯らさないようにしねーとな?」

「何言って…」



いつもはカウンター席を利用する私たち。
今思えば、
今日に限って個室を予約してあったこと。
何故か私が彼と別れたことをこいつが知っていたこと。
その時点からして
私は雅之の策略にすっかりハマッていたのかもしれない。


…まぁいいけど。


彼と別れた本当の理由。
それは近所のガキに芽生えてしまった想いを隠しきれなくなったから。
雅之と同じ部署の友達に相談したのは、偶然ということにしておいて。

…ねぇ、私たちどっちが策士だと思う?


煙草の匂いに混じった焼き鳥味のキス。
何だか私たちらしくて笑っちゃう。


悔しいけど。
私はこのガキんちょに、とうとう恋に落ちたみたい。




end。。。

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***あとがき***
倖田來未の「flower」という曲を元ネタに。
あたしが書きたいのは、きっとこういうことなんだろうなぁと思うんです。
「何度も恋をする」。悲しいようで嬉しいようで切ないようで。
でもそれには逆らえない。もう恋なんてしないって思っても気づけば恋をしている。
そんな感じ。