Can love you
今日も外はぽかぽか。いいお天気。
オレンジ色の光を全身に浴びながら、
アタシは大きく伸びをする。
寒い寒い冬よりはまだ少しだけマシなんだけど。
けだるい暑さはやっぱり苦手で。
こんな日は涼しいお部屋に逃げ込むのが
一番の得策だってこと、アタシは知ってる。
今日は日曜日だし、
一日ゴロゴロしてたって、別にいいでしょ?
そんなことを言ったら頭を小突かれそうだけど。
だけどやっぱり太陽が主役でいる時間は
どこにも行く気がしないんだなぁ。
ひんやりした床に寝転がって、
部屋の片隅に置かれたテレビに視線を向けた。
ブラウン管には
何だかよく分からない番組が映っていて。
その真ん中で沢山の人がコロコロと笑ってる。
テレビは好き。
例えば誰もいない静かなお部屋も
あっという間に笑い声で満たしてくれるから。
『おまえ、こんなとこで寝てないで遊んでこいよ。』
呆れたような声と共に大きな温もりが頭に降ってきた。
ゴツくて不格好で汗かきな手は
今日もちょっとだけ湿ってる。
アタシの頭をくしゃくしゃと撫でて掌の主は隣に座った。
もう少し、丁寧に扱ってよ。
なんて声は届かない。
この人は、アタシが女の子だってこと
どうやら忘れてるみたい。
リモコン片手にパチパチとチャンネルを変える真剣な瞳。
そんな時ばっかり真剣になっちゃって。
アタシに対しても、その真剣さを少しでいいから分けて欲しい。
たとえば、紅茶に入れるスプーン1杯分のお砂糖とか。
口寂しい時に頬張る一欠片のチョコレートとか。
それくらいの真剣さ、アタシにくれたって罰は当たらないのに。
ねぇ。
小さく呼んでみる。
『ん?』
振り向いた表情を確かめもせずに
あぐらをかいた膝の上、ちょこんと顔を乗せてみた。
かまって欲しい。
アタシの我が儘を決して嫌がらないこと、知ってるの。
『おまえは甘えん坊だな』
ほらね。
ちょっと迷惑そうで、それでいて本当は待ってたような顔。
甘えん坊はあなたもだよ。
顔をすっぽりと大きな手で包まれて。
心地よさに目を細めていると。
ふわりとアタシの身体が地面とサヨナラをする。
その頼もしい腕に抱っこされて、
アタシちっとも怖くなんてないの。
招かれた腕の中、ちょっとだけ背伸びして
あなたの笑ったまんまの唇に、キスをした。
『すず』
聞き慣れた自分の名前なのに。
あなたの口から奏でると
何だか優しい音がする。
気持ちがすぐに顔に出るあなた。
今日はいつになくご機嫌なのはどうしてだろう?
お日様の匂いがする胸にぎゅっと抱きつくと、
アタシの背中に回った手がポンポンと軽く触れた。
それはアタシへの合図。
安心してろって。
俺はどこにも行かないからって。
ずっとおまえの側にいるよって。
こころのどこかにあったはずの不安も
たったそれだけで吹き飛んでしまうの。
だってアタシにはそれ以上なんていらない。
あなたが側にいてくれるなら、
大好きな日向ぼっこも、甘いミルクも我慢できる。
…っていうのは少しだけ大袈裟だったりもするんだけど。
鈍感なあなたは気づかない。
ニコニコ笑っているだけ。
ねぇ、アタシって幸せ者なのかな?
〜♪〜〜〜♪♪〜♪
ポケットの携帯電話がテレビの音に紛れてあなたを呼ぶ。
女の人の綺麗な歌声にうっとり耳を傾けていると、
サビに入るほんの少し前でそれは途切れ、
代わりにその小さな箱に向ってあなたは問いかけた。
『もしもし?』
こういうときは大人しくあなたの膝で会話が終わるのを待つの。
前に邪魔して怒られたことがあったから。
あなたに怒った顔は似合わない。
待つことの苦手なアタシだけど、
あなたの笑顔を守るためならそれくらい我慢出来るもの。
だってね。
優しいあなたは電話の途中も
アタシを完全に忘れたりなんかしないの。
今だってこうして携帯を持つのとは逆の手で
優しく頭を撫でてくれてる。
それだけで何だか安心出来ちゃうアタシもアタシなんだけど。
でも。
それが好きってことなんだと、思う。
何でもないことで安心出来たり。
自分のことじゃないのに心が痛くなったり。
あなたが笑うだけで、アタシまで嬉しくなったりする。
これが恋、なんだよね?
『わかった。じゃぁ、今から行くよ。』
ふいにあなたが零した言葉。
一瞬で浮かれた気持ちがしぼんでいくのが分かる。
どこかに行っちゃうの?
不安になって問いかけると、
よしよし、なんて言いながら少し乱暴に髪をくしゃくしゃされる。
まるで小さな子供をあやすみたいに。
違う。違う。
それじゃない。
それじゃぁ答えになってないのに。
会話に夢中なあなたはアタシの声に気づかない。
『ん?あぁ、すずがちょっとさ。』
急に「よしよし」なんて口にしたことを聞かれたのか
電話口にいる誰かに向かってあなたは苦笑した。
やめて。
そんな風にアタシのことを言わないで。
幸せだった気持ちが、強い嫉妬心で急速に汚染されていく。
精一杯腕を伸ばしても、
掌1つ分届かない距離が虚しく残るだけで。
結局アタシはあなたの膝で大人しく我慢するしかないの?
数分間の会話のあと、
電話を終えたあなたはアタシを抱き上げ立ち上がる。
鼻歌まじりに歩き出すあなたの顔中に
一生懸命キスを降らすアタシ。
そうすることで、
あなたの気持ちがアタシへ向くようにと祈りながら。
ねぇ。電話、誰からだったの?
アタシの声にもあなたは笑顔を返すだけで。
何となく、はぐらかされたような気分になってしまう。
軽い足取りで向った先は玄関。
ふわりと柔らかなジュウタンの上に舞い降りたアタシの身体。
しゃがみ込んだあなたはアタシの瞳を覗き込んで。
『ちゃんと留守番してるんだぞ。』
いつだってそう。
このドアの先にアタシは決して行くことは出来ない。
狭いこのお部屋で、あなたと2人だけで過ごす。
それがアタシの幸せだから。
それ以上は何にもいらないの。
ただ、あなたが側にいてくれるだけで。
だから
行かないで。
ひとりにしないで。
その笑顔を独り占めさせてよ。
精一杯の気持ちを、今日はじめて声にした。
「にゃぁー…」
アタシはネコ。
あなたのお家で暮らす小さなネコ。
お日様の匂いのするこの部屋で。
あなたの腕に抱かれて。
あなたの顔中にキスを降らせる。
精一杯の恋心に気づかないあなたは
今日も、愛するひとの元へと
このドアから外の世界へと出て行った。
クローゼットの上へ登って
窓の外へ広がる景色へ視線を流すと
アパートの駐車場。
愛するひとへと急ぐあなたの背中が
真っ白な車の中に消えた。
たくさんの光が降り注ぐ部屋のなか、
アタシは今日もひとりぼっち。
それでも
アタシは今日も、あなたに恋をしている。
end。。。
【あとがき】
電話の向こうでネコをかまう彼氏さんの姿を思い出し、
この話を書こうと思いました。
すずちゃんまだ写真でしか見たことないけど
かーなーり可愛いでするv
ちなみにすずちゃんは実名。
2005/8/13