それは今から70年ほど前のこと。
1組の男女がおりました。
男女は深く深く愛し合い、
やがて将来を誓うほどの仲になりました。
しかし女は資産家の娘。
男は農家の跡継ぎ息子。
家柄を重んじる娘の父親は
二人の関係を知るやいなや激怒し、
無理矢理二人の仲を引き裂いてしまったのです。
どれほど愛していたとしても、
決して逆らえない何かがある。
それが時代というものです。
結局、男女は自らの運命(さだめ)を恨み、時代を悔やみ、
涙に濡れる唇を寄せ合いながら
永遠と続く、清らかな小川に身を投げたのです。
繋がれた手には一枚の紙切れを持って。
7月7日、七夕の夜のことでした…。
70回目の七夕に。
「ねぇ!私今度はあのお店行ってみたい!」
しっかりと繋いだ手を揺らしながら、
数歩前を行く少女はその大きな瞳を
キラキラとさせながら振り向き、
数メートル先に構える大きな看板を指さした。
その小さな手と繋がった大きな掌の主は
少女の指さす方を見るやいなや
苦笑を表情いっぱいに広げる。
大通りの交差点を小走りになりながらお目当ての店を目指す少女。
それは後ろから見てもとても可愛らしいし、何より愛しい。
少女より1まわり以上も大柄な自分を半ば引っ張るようにして歩く姿は
さながら散歩に浮かれる子犬のようだと、
青年は少女の風になびく髪を見つめながらぼんやり考える。
がしかし、愛らしい外見とは裏腹に少しだけ気の強い少女のこと。
それを大人しく聞き入れは決してしないだろう。
「犬と一緒にするなんてヒドイ!」と瞬時に柔らかな頬を膨らますに違いない。
怒った顔もそれはそれで可愛いが、やはり少女には笑顔が似合う。
少女の笑顔を何よりも愛する青年は心の中でそっと頷くと
ひそかに浮かんだ考えを頭の隅に追いやり
点滅し始めた交差点を渡りきるために小走りで少女の背中に続いた。
「わー美味しそう!迷っちゃうなぁ」
店の前に展示された写真付きのメニューを覗き込んで
少女はより一層瞳の輝きを大きくする。
そこはアイスクリームの専門店なのだが、
どうやら夏限定メニューということで
炭酸水の上にアイスを載せたドリンクを
大々的に売り出しているようだ。
「ねねっ、琉空はどれがいいと思う?」
「俺はいいよ。つーかさっきジュース飲んだじゃん。
腹壊すぞ。」
「だって普通のジュースじゃないんだよ?
アイスが乗ってるんだよ?」
「あとでアイス買ってやるから。」
「もうっ、そうじゃないの!
ジュースの上にアイスが乗ってるのがいんじゃない!」
琉空(りく)と呼ばれた青年の言葉に少女はムッと額に皺を寄せる。
どうやらそれは怒った時の癖のようで、
青年は呆れたように少女の額をピンッと人差し指で弾いた。
「いったぁーい!暴力反対!」
「ウソつけ!痛くねぇだろ?紫織は大袈裟なんだよ。」
紫織(しおり)というのはどうやら少女の名前のようだ。
青年の言葉が図星だったのか、
一瞬言葉に詰まった後、
恨めしそうに青年とメニューとを見比べている。
そんな少女に青年は苦笑しつつ、
名残惜しさを振り払うように握った手に力を込めると
少女を引っ張りながら大股で店の前を通過した。
「あーっ!私のアイスとジュース!」
「お前は食い意地はりすぎなんだよ!
少しは我慢しろっ」
「ひっどい!女の子に向って普通そんなこと言う?
琉空のバカバカ分からず屋ぁ!」
「あーうるせーうるせー。」
ギャンギャンわめく二人にすれ違いざまの女性が
クスッと小さく笑いの種を零していく。
いらないものほど手に残るとでもいいますか。
そういう時ほどしっかり聞こえてしまうもの。
少女は恥ずかしそうに頬を染めながら押し黙り、
青年は「ほら見ろ」という表情で空を見上げた。
空には雲1つない。
遠くではさきほど綺麗な夕焼けが輝いていた。
深さを増した蒼色に1番星が顔を覗かせている。
「もっと速く歩かねぇと遅れるぞ。」
「へ?遅れる?何に?」
「忘れたのかよ。今日は七夕だぞ。」
「あ!そっか!花火大会!」
青年の声に少女の顔がパッと華やぐ。
コロコロと変わる表情は本当に見ていて飽きない。
それは青年も気に入っているようで、
咲いた笑顔に優しい瞳を向けている。
今日は7月7日。七夕だ。
どうやら青年は本日行われる花火大会を目当てに
少女を街へ連れ出した様子。
心なしか二人と同様にどこか急ぎ足で歩く
カップルや親子連れが目に付くのも頷ける。
「そっかぁ、もうこんな時間なんだぁ。」
「確かあの橋の向こうだったよな?」
「そう。あの橋の…。」
「……………。」
目の前には、鮮やかな赤い橋が架けられていた。
その真下をさほど大きくも小さくもない川が流れている。
土手ではシートの上に座り酒盛りをする大人たちや、
寄り添い楽しそうに会話する恋人たちが
今か今かと花火を待ちわびているようだ。
橋の真ん中まで来ると、少女は立ち止まり
橋に手をかける。
足下に流れる河川は深い緑色をしていて、
見つめたまま吸い込まれてしまいそうだ。
青年は少女の肩をそっと抱くと、
まるで大丈夫だとでも言い聞かせるように
見上げた少女の瞳に微笑みを返す。
そんな青年に少女も静かに頷いた。
やがて、
辺りが一層暗闇に包まれたころ。
大きな音が風を裂いて、
暗闇に華麗な花が咲く。
土手に集まる人々から歓声と拍手が湧いた。
それに応えるかのように1つ、2つと
花開いては散っていく光。
「…………綺麗だね。」
ぽつりと、少女が呟いた。
その瞳は真っ直ぐと花火を見つめたままで。
心なしか大人びた色を含む口調に
青年は苦笑とも微笑みとも取れぬ笑顔を口元に浮かべると、
肩に置いた手を引き寄せ、
少女の身体をまるで何かから守るように抱き締める。
「覚えてるか?あの伝説。」
「うん…覚えてるよ。」
「“最後の花火が咲く瞬間に口づけた男女は永遠に結ばれる。”」
「ほんとかな?本当に叶うのかな?」
「叶うに決まってんだろ。現に俺たちはこうして一緒にいる。」
「そっか。…そうだね、そうだよね。」
永遠に結ばれる。
その言葉を噛み締めるかのように少女は何度も頷いている。
青年が伝説と呼ぶそれは、あまりにも儚く頼りなく
伝説というよりジンクスと表現した方が適切であろう。
けれど、決して否定させないとでも言うような
決意の色を滲ませた二人にこれまでの明るい表情はない。
花は芽吹き散ることを繰り返す。
一瞬一瞬の小さな出来事が積み重なり
やがて大きな時間の波を作り上げていく。
気づけば、最初の花火から1時間が経過しようとしていた。
空に咲く花は途切れることなくより一層の輝きを
人々の心に降り注ぐ。
それは最後を飾るクライマックス。
残り時間はあと僅か。
「もうすぐだな。」
ごくりと息を飲む青年の言葉に
少女の身体がびくっと震えた。
それに気づいた青年が少女の顔を覗き込む。
「紫織?どうかした?」
視線を向けた少女は今にも倒れそうなほど真っ青な顔をしていた。
カタカタと揺れる少女の身体。
握りしめた細い両手は汗ばみ、
どくどくと鼓動が高鳴っている。
「紫織…?」
「…ど、しよう。ねぇ…やっぱだめだよ。」
「え?」
「こんなの…だめだよ。」
少女の言葉に青年の肩眉がぴくりと持ち上がる。
少女の言わんとすることは青年にもよく分かっていた。
分かっているからこそ、その表情は硬く強ばり反発する。
いや、反発せざるを得ないという方が正しいのか。
怯える少女同様、
青年自身の身体も止めようのない何かに怯えていた。
気を抜けばすぐにでも震えだしてしまいそうな拳を握りしめ、
青年は精一杯の余裕で少女に向き直る。
「だめって、何が?」
「分かるでしょ?私たち……間違ってるよ。」
「何…言ってんだよ。お前…だって約束したろ?」
「したけど。でも…それは私たちの勝手な約束だもん。
…この子たちは関係ないよ。」
うっすらと瞳に涙を浮かべた少女は
青年のシャツを掴み、真っ直ぐな視線を投げかける。
それとは対照的に視線を泳がせる青年は
突然の少女の言葉に酷く動揺していた。
刻一刻と迫ってくる時間。
耳に響く音が大きくなる。
最後の花火まできっとあと数分もないだろう。
これを逃したら…
「俺たちは、もう二度と会えないんだぞ…?」
「……………。」
少女は青年の言葉に何も答えず、
そっと右手で赤い橋を撫でた。
優しく、優しく、まるで愛しい者に触れるかのように
何度も。何度も。
「ここは変わらないね。あの時も…今も…」
それは今から70年前。
1組の深く愛し合う男女がおりました。
しかし決して結ばれることのない二人は
自らの運命を恨み、時代を悔やみ、
涙に濡れる唇を寄せ合いながら
永遠と続く、清らかな小川に身を投げたのです。
繋がれた手には一枚の紙切れを持って。
それは願いを託す短冊でした。
70年後の今日、
今度こそ二人が共に生きられますように。
7月7日、七夕の夜…。
「あの日誓ったじゃないか。今度こそ一緒になろうって。」
「誓ったわ。だから今ここにいる。あなたに会うために来たのよ。」
「じゃあどうして?70年も待ったのに。どうして君は…」
気が付けば、橋の上で向かい合う二人の姿は
口調もその出で立ちも、まるで別人のようになっていた。
丸い瞳と柔らかな髪を肩下で揺らしていた少女は
真っ直ぐな黒髪を風に流す大人の女性に。
明るく脱色した髪をツンと立てた今風の青年は
同じく黒い髪を自然に下ろし、角の取れた言葉を扱う男性に。
それは同じようで、決して同じでない。
まるで二人だけが異空間に取り残されているように、
景色は同じとも、何かが違っていた。
「今日一日この子と過ごして分かったのよ。
この子にもこの子の時間があるんだって。」
愛おしそうに自らの胸当たりを撫でながら、
俯いた少女の口元が優しく微笑みを浮かべる。
「それはそうだけど。…でも彼女はもう十分生きたはずだ。
そろそろ君に生を分けたっていいころだろう?」
「まだよ。まだこの子は…紫織は幼いわ。まだ早すぎる。」
「早いも何も、僕たちには今日しかないんだぞ?」
「分かっているわ!でも…じゃぁあなたは紫織を愛せるの?」
「紫園…何言って…?」
「ねぇ流蓮答えて。」
少女の本当の名は紫園(しおん)。
また青年の本当の名は流蓮(ながれ)。
仮の姿を知る人物に会った時に備えて
それまで互いを呼ぶ時も本当の名を口にはしてこなかったが。
久しぶりに愛しい人から聞く自らの名に。
決心したような紫園の言葉に。
流蓮はぐっと何かを堪えたような表情を作る。
それを見て、紫園は静かに微笑み小さく首を左右に振った。
紫園と流蓮は70年前に自らの命をこの場所で絶った。
報われない運命を恨みながら。
小さな短冊に願いを託し、命を投げ出すことで
全てをその願いに賭けたのだ。
それから70年後。
忘れられたはずの願いは年に一度の奇跡で蘇る。
眠っていたはずの二人の魂は
何かに導かれるかのように呼び起こされ、
二人の血を受け継ぐ器の中へと宿った。
願いは共に生きること。
しかし二人の魂がいくら願ったところで
身体はとうに朽ち果てている。
だからこそ、器がいるのだ。
それも二人の血を強くひく器が。
二人が宿った器…
それが琉空と紫織。
琉空は流蓮の兄の孫。
紫織は紫園の妹の孫。
二人が生きるためには琉空と紫織の犠牲を伴う。
つまり、琉空・紫織の人生を乗っ取るということ…。
「今日一日過ごして分かったでしょう?
例え願いが叶っても私として生きることは出来ない。
だって私は完全に紫織になるということよ?
話し方も雰囲気も全部が変わってしまう。」
「それでも中身は紫園じゃないか。
紫園であることにかわりはないよ。」
「本当に?本当にそう思っているの?」
「それは……」
「私は…私は嫌よ。」
紫園の瞳から堪えきれずに大きな涙がとうとうこぼれ落ち、
一筋の線を描いて頬をつたっていく。
ついさきほどまで耳元で大きく響いていた花火の音も
今ではどこか他人事のように遠くで響いているだけだ。
「流蓮は1人しかいない。それと同じで琉空は琉空でしかないのよ。
いくら中身が流蓮だとしても…今の流蓮ではないじゃない。
例え願いが叶っても、私は結局流蓮に二度と会えなくなってしまう。」
「そんなこと言われたって…!じゃぁどうすればいいんだよっ」
「私はあなたと居たいのよ!誰でもない、あなたと…。」
そう言って紫園は流蓮の頬にそっと自らの掌を添えた。
いつの間にか流蓮の瞳からもあふれ出した雫で
細い指先が濡れていく。
70年前の今日、己の運命を嘆いたあの日と同様に、
70年後の今日も、二人はここで泣いていた。
「ごめん…紫園。また僕は君を泣かせているね。
僕が間違っていたのかな?こんなことになるくらいなら…」
「そんなこと言わないで?私、嬉しかった。
だってまたあなたに会えたもの。」
「紫園……」
「ね、このまま二人で行きましょう?
私達、やっぱりこの時代では無理なのよ。」
「………皮肉だな。結局、僕たちは自らで呪ったあの時代でしか
生きられないように出来ているのか。」
「ふふっ、そうね。
でもきっとそれは私たちだけじゃなくて、皆そうなのよ。」
どんなに憎んでも、どんなに恨んでも、
結局はそこでしか生きられない。
苦しかった。悲しかった。
けれど70年前のあの頃、確かに二人は幸せだったのだから…。
風がゆっくりと通りすぎていく。
それに顔を上げた流蓮は
遠い遠い彼方に何かを映し、やがて少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「時間だ。…最後の花火だよ。」
「…うん。」
紫園が頷いた瞬間、
辺り一面を包み込むほどの大きな音と
眩しい光が一斉に空へと輝いた。
それは終わりを告げる音。
七夕の奇跡は最後の花火と共に散る。
紫園と流蓮はきつくきつく抱き締め合った。
口づけを交わせば二人は共に生きることが出来る。
しかし二人はそうしなかった。
結局、深く深く愛した二人は
他のものでは代用がきかないほど
強い絆で結ばれていたのだ。
代わりなんていらない。
似ているだけの器なんて欲しくない。
あなた以外の人なんて、意味がない。
二人は確かに愛し合い、そして生きていた。
永遠を手放すのは命を捨てた罪滅ぼしなのかもしれない。
短冊に込めた願いが叶うことはなかったけれど、
それでも出会えた。70年の時空を越えて。
それはたった1日だけの、大きな奇跡。
パラパラと頭上に降り注ぐかのような花弁に混じって
少しずつ少しずつ二人の姿が薄れていく。
その瞳から溢れる止むことのない涙が
花弁に残る光をキラキラと弾いていた。
「……じょうぶですか?ちょっと!」
「ん……」
「おい!だいじょーぶですか!」
「んん〜………」
耳元で聞こえる大きな怒鳴り声と
乱暴に身体を揺すられる衝撃で少女は目が覚めた。
目覚めは最悪。
何だか寒いし、身体もダルイ。
何よりひどい頭痛がする。
重い瞼を何とかこじ開けると、
目の前には自分を覗き込む見知らぬ顔。
「…ぎゃぁっ!何!?」
「ぎゃぁって…悲鳴あげることねーだろ。」
「…え?え?」
何が何だか分からない。
少女はまさにそういった感じだ。
キョロキョロと辺りを見回して、
まるで狐につままれたように瞬きを繰り返している。
それを見て側にいた青年は溜息をつくと、
少女の視線に合わせるようにしゃがみ込む。
「アナタ、ここで倒れてたんすよ。
具合どうっすか?」
「………………」
「なぁ、聞いてんのかよ。」
「……ここ…どこ…?」
青年の言葉にも上の空でポカンと口を開けている少女。
そんな態度に青年が多少の苛立ちを覚えたとき。
やはり上の空でポカンと口を開けたまま、
少女はうわごとのように率直な疑問を口にした。
「何?あんたもなの?」
「え?」
「分かんねーんだろ?何で自分がここにいんのか。」
「“あんた…も”?」
「…俺もなんだよ。」
ガシガシと頭をかいて、青年は困ったように首を傾げる。
何でも今日一日の記憶がすっぽり抜け落ちているそうだ。
昨日の夜布団に入ったところまでは覚えているが、
目が覚めた時、自分がいたのは布団の中ではなく橋の上。
おまけに隣で知らない女が同じように寝ている。
不思議に思って起こしてみれば、女も同じように記憶がない。
「…要するに、そういうことだろ?」
一通りの説明が終わると、
青年は確かめるように隣に立つ少女に視線を移した。
さきほどまで上の空だった少女も
どうにか落ち着きを取り戻したようで。
まん丸の瞳をしっかりと見開き、青年の言葉に頷く。
「何でだろ。アタシ何でこんなとこに……」
「まぁアレじゃねーの?タチの悪い催眠術とかさ。」
「……………」
「………………シカトかよ。おい。」
真っ青な顔をして考え込んでいる少女に
青年は小さく溜息を零した。
少女の様子も無理はない。
酒に酔っていたわけでもないのに、
自分の記憶がここまで飛んでいれば
多かれ少なかれ誰でも不安になる。
たまたまこの青年が楽観主義者で、
少女が多少心配性だっただけのこと。
「…あ」
「え?」
大きく伸びをしていた青年が、
橋に寄りかかったままの姿勢で呟いた。
その声に少女も顔を上げる。
「空、見てみろよ。」
「空…?」
見上げた空には、満面の星。
小さな小さな星屑がいくつも連なり、
大きな1つの道筋となる。
様々な想いを、願いを、乗せて流れる水の道。
「すごい…きれー……」
「そっか。今日七夕だっけな。」
「…会えたのかな。織り姫と彦星。」
「…………さぁな。」
「…………………………」
空で年に1度の再会が訪れ、
たった今70年ぶりの愛が空に消えたとしても。
まるで何事もなかったかのように
世界はまわり、時は過ぎていく。
それでも、人はその中でしか生きられない。
その中で様々なものを愛しんでいく。
「あんた、名前なんつーの?」
「紫織です。あなたは?」
「俺?俺は琉空。」
「そっか。琉空さんっていうんだ…」
胸に宿るどこか懐かしい感情にも
二人が気づくことはない。
琉空と紫織は所詮他人。
流蓮と紫園がその身体に宿らなければ、
出会うこともなかっただろう。
それでも
「とりあえず…さ」
「はい?」
「ここじゃアレだし。メシでも食いに行く?」
「……」
「あ、別にナンパとかじゃねぇぞ?」
「…あははっ分かってますよ。
じゃぁ琉空さんのオゴリなら。」
「は?何言ってんだよ。ワリカンに決まってんだろが。」
ほら、ここにまた1つの出会いが生まれた。
七夕の夜、あなたは何を祈りますか……?