−7−LateFall In 1999 




時刻は午後4時30分。
今日は全ての部活が休みなので、
学校に残っている生徒は既にほとんどいない。

11月にもなると、
日が暮れるのは本当に早くて。
ついこの間まで7時すぎまで明るかったのに。
なんてことを考えながら、
すっかり葉を風に奪われてしまった、
寂しい姿の桜並木をぼんやりと見上げる。

校庭には夕陽に照らされた校舎の大きな影が出来ていた。
その真ん中には、サッカーボールを蹴り上げる小さな背中。


大会は、ボロ負けだった。

先輩たちが驚くほど強かったのか。
それとも私たちが呆れるほど弱かったのか。
とにかく。
私たちのクラスは一回戦敗退という呆気ない結果に終わり、
一大イベントはこうして幕を閉じることとなる。


「まだ帰んないのー?」


張り上げた大声に振り向きもしない玲は、
どこか必死にボールを追いかけているように見えた。

とても負けず嫌いな彼だから、
口では「どーせ遊びじゃん?」なんて
可愛くないことを言っていたけれど。
けれど本当は。
きっと人一倍悔しくて。
人一倍責任を感じてるに決まってる。

その証拠に。
玲は大会が終わった後、教室に戻ることすらせずに
ひたすら。
ただひたすら、ああしてボールを追っているから。

どうして私がそんな玲を待っているのかは分からない。
てゆーか、これって待ってるって言うのかな?
だって別に約束したわけじゃないし。

ただ、なんとなくこうして見ている。
放って帰るなんて出来なかった。
1人にしておけなかった。
それだけ。


「お前もやる?」


ボールに片足を乗せて。
ジャージの腕部分で額の汗を拭う。
そんな風にして誘いをかける玲に私は大きく首を振った。


「いいよ、私は。」

「何だよ。お前ほんっとノリが悪ぃんな。」

「うるさいなー。」


ここで水夏だったら、きっと一直線に駆け寄って
サッカーのPK対決でも始めるのかもしれない。
けど、私はそういうのは苦手で。

きっと男の子は水夏みたいに一緒にスポーツをしたり
玲風に言うと、「ノリの良い」女の子が好きなんだろう。
分かっているけど、出来ない。やろうと思わない。
私って、とっても可愛げのない性格だなぁと
今更ながら溜息をついた。


「何で帰んないの?」


ひとつ。ふたつ。
ボールを膝で器用に蹴り上げながら、
それでも問いかける視線は決して私を見ようとしない。


「だって、玲が帰んないから。」

「何それ。俺が帰れば帰るのかよ。」

「うん。」


私の答えに玲は押し黙るように俯いて。
しんと静まりかえってしまった校庭に、
蹴り上げるボールのトントンという音だけが響いている。

本当は分かっていた。
玲は、1人にして欲しいんだと思う。
きっとシュートを止めることの出来なかった自分を責めて
たった1人で、敗北を背負っているんだと思う。

でもね。


「私は帰んないよ。」

「は?何で?」


だって、玲がいつもそうだから。
私が1人にして欲しい時でも、
あんたは絶対1人にしてくれないじゃない。

それは私にとってただのお節介。
だけどね。
心のどこかでは、いつも安心してる。
「1人にして欲しい」なんてカッコつけてるだけで
本当は「1人にしないで。」そう言えないだけだから。

きっと、今の玲も私と同じでしょう?


「いーの。玲が飽きるまで付き合うよ。」

「ははっ、変な奴。」


やっと笑顔を見せた玲に内心ホッとする。
玲に辛気くさい顔は似合わない。
いつも強気で、どこか余裕で、
人をからかうような笑顔でバカにする。
本当ムカつくけど、でもそれくらいが玲には丁度いいよ。
…なんて、本人には絶対言えないけど。


いつの間にか太陽は姿を消して、
辺り一面が薄暗い夜へと導かれつつある。
数メートル離れた位置にいる玲も、
今は目を凝らさないと見えないくらいで。
私は膝の上で握りしめた掌に力を込めた。

本当は、玲に聞きたいことがある。


「玲」

「んー?」

「秋穂と…別れたんだってね。」


昼間、水夏に言われるまで全然知らなかった。
一番玲の近くにいたのは私だったのに。
全く気づくことが出来なかった。


「…まーね。」

「何で、言ってくれなかったの?」

「…………………」

「…………………」

「…………………」


玲は、何も言ってはくれなかった。

夜の闇に邪魔されて、表情すら確かめられない私には
今の玲が何を考えているのかなんて分からない。

遠くの方に姿を現し始めた月に照らされて
白く浮かび上がった桜の木。
枝の先に何も持たない無力なそれはひどく滑稽で、
何だか私たちに似てる。そう思った。


「春花」

「…えっ?」

「見てろよ。」

「見てるって何…」


「見てるって何を?」私がそう聞き返す前に
うっすらと目に捕える玲の影が、
勢いよく走りだしたのが分かった。
すり減ったスニーカーに弾かれて跳ねていくサッカーボール。

やがて
蹴り上げたボールは鋭い角度でゴールへと突き刺さる。
その瞬間、全身を揺さぶるような風が一気に駆け抜けた。


「っしゃぁ!ゴール!」


右手を高く突き上げて、玲が大きく声を上げる。


その瞬間――――――




玲には、好きな人がいるのだ。
そして秋穂よりその誰かを好きになってしまったから、
2人は別れたんだ。

どうしてこんな簡単なことにすら気づけないでいたんだろう。
それはきっと、一番大事なことから私が目を背けていたから。
それが見えた瞬間、まるでパズルが完成したかのように
頭の中で一気に整理がつき始めたんだ。


私は玲が他の誰かを好きになるのが嫌だった。
秋穂と別れて欲しくなかった。
それは、2人がうまくいっていないのを知っていたから。

私はとてもズルイ子で、
玲の中で、秋穂よりも私の優先順位が高いことを知っていた。
だから、その順位が崩れることが怖かった。
玲が他の誰かに夢中になるのが怖かった。


「春花っ!見たか俺のスーパーゴール!」

「……えっ」

「おい!聞いてんのかよっ、カッコよかっただろ!?」

「うっうん。」


その瞬間――――――気づいたのは。


私は、玲を好きになっている。

敦史のことが好きなのに、
玲のことも、好きになってきている。

やっと自分の心と向き合えた、中学2年。晩秋のこと。




 to be continued。。。





2006/3/18