初めて手紙が届いたのは
忘れもしない、5月の連休明けのこと。


『はじめて手紙を書きます。

 僕のことを君は分からないだろうけど、

 これから手紙を書くので

 少しでも分かってくれたら嬉しいです。』


下手くそな文字で、便せんの上の方にまとまって書かれていた。
こんな短い文なら、もっと真ん中に書けばいいのにね。
そんな風に果楓とバカにしていたのを覚えている。

面白半分な果楓とは違って、私は何だか気味が悪くて。
それでも、捨てられなかった。
今も、全部の手紙を
机の引き出しにしまってあるのは誰にも内緒の話。

今思えば、最初の手紙が全てを物語っていたのかもしれない。
彼は私に『僕を分からないだろうけど』と言っていた。
そう。『知らない』とは書いていなかった。


100枚目の
ラブレター
    
〜 覚えてたのは君だけじゃない 〜 


校舎は夕陽でオレンジに染まっていた。

階段を駆け降りながら
窓の外に見える桜を目指して先を急ぐ。

私の教室から中庭までは
2階に降りて渡り廊下で第2校舎まで行き、
そのまま1番奥にある階段で出口に向かわなければならない。

帰宅部に所属し、
体育も最近は真面目に参加していなかった私にとって
それは決して短くはない距離。
まだ渡り廊下を通っただけなのに、既に息は上がり
足も少しだけフラつく。
こんなことなら果楓と話してばかりいないで
体育を頑張っておけばよかった。
なんて今更すぎる後悔を胸に奥の階段を目指して廊下を走る。

窓の外を見上げると、3階の窓が目に入った。
あれは、いつも私が渉を見ていた窓。
何度も教科書を投げてはバカにされ、
からかわれてばかりだったけれど、
それでも、いつも目にしていたのは渉の笑顔だった。

ずっと、ずっと私は勘違いしていたのかもしれない。
私が勝手に待ってるんだと思ってた。
私が勝手に傷ついてるんだと思ってた。
でも、違ったんだ。
待っていたのは…
本当に傷ついていたのは…

それは


「…っ」


引き戸を勢いよく開けると、
いつの間にか三分咲きほどになっていた桜の花びらが
一斉に風に乗って私へと吹き付けた。

その真ん中で。


「よぉ。」


大きな幹に手を置いて、根本から桜を見上げる横顔。
その髪すら照らされた夕陽に染められて、
桜と同じ色に見えるんだから本当に綺麗だと思う。


「お前遅せーよ。待ちくたびれたじゃん。」


相変わらず私とは視線を合わせようとはしないけれど、
今朝、階段で会った時の冷たい声色とは明らかに違っていた。

そこにいるのは、渉だった。


「ご、ごめん。さっき見て…」

「つーか手に持ってるの何?どしたんだよ?」

「これは…」


私が手に持っていたもの。
それは科学の教科書だった。
以前渉に貸した時に、裏表紙に書かれた変な落書き。
それは紛れもなく、必死に握りしめてきた手紙と同じ筆跡で…。


「だって…これ、この落書き…」

「そっかー。それ見て気づいてくれたんだ?」


よく考えたら、私は今まで渉の字を見たことがなかった。
日誌を書くのはいつも私の役目。
話し合いの席で、黒板に議論テーマを書くのも勿論私。
授業中寝てばかりの渉がノートを取っているわけもないし、
手紙の交換なんて、もってのほか。

だから、気づかなかった。
知らなかった。

だけど…っ


「知らないで済むことじゃないよぉ…っ」


去年の4月。
渉と付き合って半年が経過していた春のこと。
私はその頃、言いようのない不安に毎日悩まされていた。

渉は優しい。
優しいけれど、その優しさは誰にでも向けられていた。
私だけじゃない。
女子にも、男子にも、後輩にも、先輩にも、先生にだって。
渉は誰にでも笑顔で、誰にでも優しい学校イチの人気者。

分かっていたはずだった。
なのに、いつからだろう。
それがどうしようもなく、胸を締め付けるようになったのは。
他の人に向けられた笑顔を真っ直ぐ見れなくなったのは。

それは私の我が儘な嫉妬。
けれど気づけば、渉が好きという気持ちと同等、むしろそれ以上に
好きでいるのが苦しいと、心が悲鳴をあげていた。

悩んだ末に出した答えは2人の別れ。
渉は何も言わずに聞いていた。
泣きじゃくって、うまく言葉の出ない私の話を一生懸命聞いてくれた。

そして

「ごめんな」って、綺麗に整った顔をぐにゃりと歪ませて
本当に辛そうな顔をして。私に謝ったんだ。

涙より悲しい泣き顔。

私は渉を見て、そんなことを思いながらまた泣いた。
泣くなんて卑怯だと分かっている。それでも涙が止まらなかった。

あの時渉は言ったよね。
「お前が納得するまで、俺は頑張るから」って。
あの時私にはそれがどういう意味か分からなかった。
ただ、あんなに寂しそうな渉を見ているのが辛くて、
ほとんど何も考えずに頷いた私に渉は「約束だからな」って。
怒ったみたいに言いながら、強引に私を引き寄せたよね。
苦しいくらいに抱き締められながら重ねた初めてのキスはとても優しくて。
すごく、痛かった。

ねぇ渉。
私ね、今なら分かるよ。
渉はずっと頑張ってくれてたんだね。


『はじめて手紙を書きます。

 僕のことを君は分からないだろうけど、

 これから手紙を書くので

 少しでも分かってくれたら嬉しいです。』


私があの日告げた別れの言葉。
それは
「渉が分からない」。

あの日の約束が、桜吹雪の中で
今、鮮明に蘇る。





 to be continued。。。