100枚目のラブレター
〜 思い出すのは思い出 〜
高校1年の時、私はクラス委員をしていた。
クラス委員の主な仕事は授業の際にかける号令と
毎日の日誌の記入。そして何かを決める時には司会進行役。
そんなところ。
私は中学の時もクラス委員をよくしていたし、
簡単に言うとこの役回りには慣れていた。
それなりに面倒なことも多いけど、それほど嫌な仕事ではない。
だから、1年の時も私は快く委員を引き受けたのだった。
だいたいクラス委員というのは真面目でガリ勉タイプの男女2人がやるもの。
それが定番だった。
けれど、相手の男子はお世辞にも真面目とは言えない人。
成績は良かったらしいけど、素行はハッキリ言って最悪。
授業中は寝ているし。遅刻や早退も当たり前。
真面目一筋の人生を歩んできた私には
髪を染めたりピアスをしている彼は不良にしか見えなかったし、
気さくな態度で話しかけてくれたりもしたけど、それが逆に怖かったりもした。
でも、そんな彼は人望が厚かった。
学校イチとも言われる甘いルックスで女子からは絶大な人気を誇っていて、
けれどそれを自慢したりしない態度が男子からも好かれていて。
そして何故か先生からも可愛がられている、私にしてみれば未知の生物。
号令をかけてくれたことなんてないし、日誌を書くのはいつも私。
司会進行だって手伝ってくれない。
なのに、いつも何気なくぽつりと呟いた彼の一言が、
さらりとクラスの意見をまとめてしまったりする。
いわゆるオイシイ所だけ持っていくような、嫌な奴。
それが彼の、渉の第一印象。
そう。最初は嫌な奴でしかなかった渉だったのに。
うまいこと、してやられたなぁと今は思う。
「意外といい所もある」なんて思ってしまったのが恋の始まり。
気づいたら、好きになってた。
告白は私から。
あの時どうして渉がOKしたのか、それは今になっても最大の謎だよ。
夏も終わる、9月の初めのことだった。
付き合った期間は半年と少し。
この関係は誰にも知られることはなかった。
学校ではあくまで友達としての2人を演じていたから。
それを望んだのは私のほう。
男女ともに人気の渉。
その彼女が私なんて、どうしても自信が持てなかったの。
渉はそんな私に文句も言わず、ただ受け入れてくれた。
優しい人、だと思う。
朝、皆が来るまで2人きりで過ごす時間。
待ち合わせて帰る放課後。
色んな所でデートした休日。
私はとっても幸せだった。
そして最大の思い出。
あの、春の日。
桜が散る中で重ねた、最初で最後のキス。
2人のサヨナラのキス。
その時、渉は言ったよね。
「約束だからな」って少しだけ怒った顔をして。
あれは…
「ちょっと百!聞いてる!?」
バンッ!!
するどい音と共に、一気に現実世界に引き戻された。
そんな私の前には、机に両手をついて食い入るような視線を投げてくる
何故か不機嫌顔の親友。
「…え?何?」
「もぉ!やっぱり聞いてないっ」
「ご、ごめん。果楓。ちょっと考え事してた。」
いちごオレなんか買ったのが間違いだった。
必然的に思い出してしまう渉の存在から始まり、
だいぶ昔にトリップしてたみたい。
その証拠に、ついさっきまで綺麗な彩りで飾られていた果楓のお弁当箱も
すっかり中身が減って、残るは唐揚げだけになっている。
果楓は好物を最後に食べる主義だから、きっと取っておいたに違いない。
「だからぁ、返事を書いたらって言ったの。」
「返事…って、まさか…」
「そう!手紙よ手紙!」
「わっ!?ちょっ…果楓!?」
得意げに微笑んだ果楓の口を慌てて両手で押さえつけた。
その拍子に倒れた椅子の派手な音が
クラス中の注目を集めてしまったことにも気づかないで。
「ちょっ、百苦しいって。」
「だって!果楓は声が大きいよ。この前言ったのにっ」
「分かった、分かったから落ち着きなさいよ。」
果楓になだめられ、
とりあえず乱れた息を整えようといちごオレに手を伸ばす。
ストローをくわえれば、流れこんでくる甘い味。
なのに。いつもは大好きなそれが、今日は何だか味気ない。
その原因は勿論あいつで。
…やっぱり、いちごオレなんて買わなきゃ良かった。
「まだ管沢が送り主だったかなんて分からないでしょ。」
「絶対そうだよ。だって手紙って言ってたもん。」
「だから、それを確かめるの。」
「やだよっ!そんなの聞けないよっ」
「分かってるわよ。だから返事を書くんじゃない。」
今日、98通目の手紙が届いていた。
『あと1週間もすれば3学期も終わりますね。
もし少しでも君との距離が近くなれば
今より気持ちは楽になるのでしょうか。
そんなことを思いながら遠くから君を見る毎日です。』
「この文を読むと、どーしても管沢って気がしないのよねぇ。」
最後の唐揚げを大きく開けた口に放り込んで、
果楓は考え込むように髪をかき上げる。
サラサラの黒髪は今日も健在で、
どこからか迷い込んだ春風に誘われるようになびいている。
「もしこれが管沢だったらさ。僕は別のクラスなんですっていう
カモフラージュはもう必要ないじゃない。」
「そ、そういえば…」
言われてみれば、その通り。
同じクラスであることを隠すためのカモフレージュだったならば、
直接話した今、そんなものは必要ないわけで。
それを今も続けているんだとしたら、それは…
「送り主は、別にいる…ってこと?」
「そのとおり!」
淡いピンクのマニキュアを塗った人差し指を立てながら
果楓は魅惑的に微笑んだ。
「だから返事を書いて確かめてみるのよ。
どうせもうすぐ春休みだし、今が頃合いなんじゃない?」
「春休み…かぁ」
あと1週間。学校に来るのは実質5日。
そうしたら約2週間の春休みが訪れる。
春休み、それは渉に会えない日が続くということ。
それなのに、あの日から私は渉と全く話をしていない。
というか、まともに姿を見てもいなかったりする。
私は普段自分から渉に話しかけたりなんかしない。
窓の向こうや中庭、廊下なんかで声をかけてくれるのは、いつだって渉の方。
いつも一緒にいるような気がしていたのは
渉が歩み寄ってくれていたからだったのだと、
いなくなって初めて気づいた大きな優しさに
最近の私は後悔ばかりしている。
「あんまり嬉しくないなぁ」
「はぁ?何言ってんの。ほら、さっさと書く!」
「え!?今??」
「そうよ。思い立ったが吉日って言うでしょ?」
「え〜〜〜っ」
「文句言わない!」
結局、果楓に半ば怒られながら
私は1年も続いた手紙に初めて返事を書いた。
『あなたは誰ですか?』
たった一行の私の言葉は、どんな風に届くのだろうか?
自分の下駄箱にそれを静かに置いたとき
頭の隅で今はもう遠い、渉の笑顔がちらついた。
to be continued。。。