100枚目のラブレター
    
〜 羨ましいと、誰もが言う 〜 


「なーに?また来てたの?例のラブレター。」


昼休み。机と机をくっつけて、果楓と向かい合う。
購買で買ったパンをかじる私とは対照的に、
綺麗に盛りつけられたお弁当を広げる果楓は
意外と家庭的だったりするんだから本当に驚き。

共働きの母親に代わって毎朝のお弁当は
兄妹の分も果楓が作っているんだって。
すごいなぁ。尊敬しちゃうよ。


「ラブレターっていうか。まぁ。」

「一体誰なのかしらね。毎度毎度コソコソと。」


2年になってすぐくらいから、私の元に手紙が届き始めた。
朝、学校に来ると下駄箱に真っ白い封筒が入っているのだ。
何ともベタな方法だけど、これが1年も続いているんだからスゴイ。

勿論差出人は不明。届く期間は不定期で、2日続けて届いた日もあれば
数ヶ月音沙汰なしだったこともある。
内容は数行書かれた日常会話。
文面から察するに特に返事を欲しがっている様子もないし。
全く持って意味不明。


「今回は何て内容だったの?」

「あー、なんか同じクラスになりたいとかっていう。」

「へぇ。そういえばもうすぐ進級だもんねぇ。」


綺麗に巻かれた卵焼きを頬張りながら、
納得したように果楓が頷く。
そう。あと2週間もすれば春休みに突入し、
私たちは高校3年へと進級する。つまりは最後のクラス替え。

寂しいと言えばそうだけど、本当のところはそうでもない。
だって…


「私達にはあんまり関係ないよね。」

「そうね。まぁあたしは百と同じクラスになれて嬉しいけど。」

「うん!私も。」


これまでと違って、3年はそれぞれ進路別にクラスが編成される。
大学進学コース。それ以外の進学コース。就職コース。
大まかに言えば上記の通りで、
更に文系・理系など、細かく分けられていく。

私は一応大学志望だ。
それは果楓も同じのようで、
文系である私たちはきっと3年も同じクラスだろう。


「君と同じクラスになれたらいいのに。ってことはさ、
 少なくとも今は同じクラスじゃないってことよねぇ?」


ペラペラと手紙を裏返しながら、真剣な顔つきで考え込む果楓。
そんな果楓に、私はいちごオレのストローをくわえながら
どこか他人事のように聞いていた。

だって、何だか実感ない。
この学校のどこかに私のことを好きでいる人がいるなんて。
こんな勉強くらいしか取り柄のない私にラブレターなんて。
何だか未だに誰かのイタズラなんじゃないかとか、
そんな風に考えてしまう。
そっちの方が信憑性高いっていうか。


「あ!でもひょっとしてそれは百と同じクラスであることを隠すための
 カモフラージュだったりして!」

「えー!?それはないよぉ。
 第一、このクラスにそんな物好きがいるとは思えない。」

「そんなの分かんないじゃない。現に…」

「え?」


にやり。
私を通り越した向こう側に、何かを見付けた果楓が意味深に微笑む。
何だかいやーな予感を抱えて果楓の視線を辿る。
…が、振り向く前に耳に飛び込んできたのは何と私の名前で。


「あ、いたいた!咲月ーっ!」

「…!」


思考より先に身体が反応した。
ビクリと肩を震わせながら振り向けば、満面の笑みで手を振る教室の外。
予想外の来訪者にクラスの女子たちが
ザワザワと騒ぎ出すのも気づいていないのか
一直線に私へと駆け寄ってくるのはトラブルメーカー以外の何者でもなく。


「よ、吉森!何でここに!?」

「何って、教科書返しに来たんじゃん。」


あっけらかんと言い返す。
その手には土まみれの教科書が。
しかもグニャリと変形している無惨な姿をにっこり笑って私に差し出す渉。


「こ、これが私の教科書!?うそーっ」

「しょーがねーじゃん。つーか落としたのお前だろ。」

「そ、そうだけど。しかも何か濡れてるし!」

「あ、悪り。さっきトイレ行って手ぇ洗ったから。」

「はぁ!ちょっとハンカチくらい用意しなさいよ!」

「うるせーなぁ。親みてーなこと言うなよ。」

「よ、吉森くん。良かったらコレ使って。」


ボロボロ(しかもビシャビシャ)な教科書を巡って
ギャーギャー騒ぐ私たちの横から可愛らしいハンカチが差し出された。
見れば、頬をほんのりと染めた女子が遠慮がちに渉に微笑んでいる。
そこで初めて、クラス中から注目を浴びていたことに私は気づいて。


「マジで?ありがとー。でも濡れちゃうよ?」

「い、いいの。それ吉森くんにあげる!」

「えっ、それは悪いから洗って返すよー。」


気が抜けて椅子にヘナヘナと座り込んだ私の前方で
渉と女子がピンクのオーラを散りばめながら会話を進めていく。

こういうときの渉を見るのは大嫌い。
見たこともないほど爽やかな笑顔と、恥じらうような女子の態度に
いつも逃げ出したい衝動に駆られてしまうから。


「ほら、咲月やるよ。」

「ひゃっ!?」


急に頬を襲った冷たい感触に驚けば、
渉がひゃひゃっと可笑しそうに顔を歪めた。
その手に持つのはいちごオレ。私の大好物。


「1日2本くらい、ヨユーだろ?」


そう言って飲みかけのぬるくなったいちごオレを奪うと
渉はマズイと言いながら教室を出て行った。

残されたのは新たないちごオレと、ボロボロの教科書と。
そして女子に囲まれた、私。


「ねー咲月さんって吉森くんと仲いいのっ?」


とか


「2人ってどんな関係なの?」


とか


「いつも廊下で話してるよね?いいなー!」


とか、聞き飽きるほど、渉と私を見た女子たちは
毎回同じ台詞ばかり。
そのたびに私は、既にお決まりになった台詞で
彼女達の興味と興奮を一掃する。


「仲良くなんかないよ。吉森とは1年の時同じクラスだっただけ。
 教科書の貸し借りでしか話もしないし。」

「そうなんだー。咲月さんって頭いいもんね。」

「でも羨ましいなぁー。今年こそ同じクラスになりたーい。」


ほらね。皆あっという間に納得して散っていく。
頭のいい咲月さんに教科書を借りるだけ。
皆の中ではそれだけで方程式は成立してしまうから。
だから騒がれることもないし、渉のファンから悪口も言われたこともない。
どんなに仲良くたって、嫉妬もされない関係。
それが私と渉だから。


「あんたも苦労人ね。」


すべてを見透かしたような顔で、
渉の置いていったいちごオレを果楓が差し出す。
そのピンクのパッケージを見て、
マズそうに舌を出していたさっきの渉が頭に浮かんだ。


「…マズイなら、飲まなきゃいいのに。変な奴。」


まだひんやりとした感覚の残る頬を押さえて
本日2本目のいちごオレにストローをさした。

甘いものが苦手な渉に、いちごオレは似合わない。
けど、それは私も同じで。

甘い恋なんて似合わない。
そんなの、私が一番分かってる。




 to be continued。。。