・・・もう1年が経つ。



 ねぇ、カズヤ。

 アナタは手の届かないその世界で、今何をしているの?



 何を想っているの?












my only shinin'star...

















 ―その日のカズヤからの告白はきっと一生忘れられない。―



「血圧アンテイ、熱も無し。これで、今日も無茶をしないで、安静にしていてくれれば、来週にも退院・・・ってトコかな?」

 メモ帳に今日のチェック項目を埋めて、彼の顔を眺め見た。


 彼はその、―病院にいるにはふさわしくないくらいの健康そうな―笑顔を私に向けた。



「そっか、よかった。たかだか骨折で入院させられてたら、身体が鈍って仕方ないよ」

 ギプス固定されている足を軽く叩きながら、彼は軽く伸びをした。

 彼は、今から1ヶ月ほど前にバイクの単独事故で、病院に運ばれてきた。


 あの時は“いてぇ、俺死んじゃうかもしれない”なんて弱音ばかり吐いてたのに。




「でも、カズヤくん」

「何? サエちゃん」

 看護師相手に名前に“ちゃん”付けなんて。

 孫みたいに接してくれるおじいちゃんの患者さんや、おばあちゃんの患者さんじゃないんだから。


「ギプスが外れても、筋肉が相当落ちてるからリハビリとかしないと、暫くはサッカー出来ないんじゃないかな?」


 これはあくまでも新米看護師のカン。




「そっか。じゃあ、リハビリ頑張って、早くサエちゃんをデートにも誘わないと、ね」


 ・・・そして、これは一人の女としてのカン。




「俺が退院したらさ、デートしない? 俺の白衣の天使?」


 イマドキ、廃れていそうなくらいクサイ言葉。

 だけども異常に紅くした頬。



「うん、いいよ」



 まるで業務連絡を聞いたようにそっけなく応えたのは、

 ただ、単純に恥ずかしかったから。




「良かった。俺、いい意味に捉えても、イイ?」

 少し身体を前に乗り出して、


「カズヤくんのあたしに対する頑張りによるかな?」



「うわ、ひっでーな。それってオトナの余裕ってヤツ?」





 笑いながらそんな話をしていると、視線がスイッチを押した様にかち合った。


 さっきまでくしゃくしゃに笑っていた顔が・・・・・真剣になる。





 カズヤくんの手がすっと伸び、

 あたしの髪を纏め上げている後頭部に添えられて、




 吸い込まれるように唇を合わせた。






 そのキスは、プラトニックだったけど、長く長く重ねあっていた唇が離れるのは、

 ものすごく惜しい気持ちになった。



 その長い口付けのあと、カズヤくんが顔に笑みを浮かべた。

「・・・な、に?」


 こんな間近で見たのは初めてだった。



 ちょっとおしゃれに刈り込んだ短髪。

 くるんと二重の、愛嬌のある瞳。

 薄めの唇。

 健康そのものの日焼けした褐色の肌。

 その頬にいまだに僅かに残る、事故の痕、擦過傷。



 看護師の間で「かわいい患者くん」なんて言われるのもわかるかも。




「色気ないシチュエーションかなぁって。

俺との初めてのキスはうがい薬の味がしなかった?」



「ばか」



 患者との恋はご法度よ、だなんて新卒で入りたての4月に先輩看護師に冗談交じりに言われた気がするけど、

 そう言われていた7月の暑いある日。



 あたしは、整形外科病棟701号室、個室。

 そこから恋を始めていった。






 19歳のカズヤと22歳のあたし。

 将来は建築家を希望する建築学科の大学生と病棟勤務の新米看護師。

 その恋は、決して順風満帆ばかりではなかったけれど。

 些細なかけ違いで喧嘩をしたり、泣いたりもしたけれど。


 それよりも何倍以上に、もっと良いところが知れて、あたしのカズヤへの愛は増すばかりだった。


 夜勤明けのあたしを心配そうに気遣うメールとか。

 2人で出かけたときのちょっとしたさりげないレディファーストとか。

 たまたま出くわした友人に“俺の彼女”なんて胸を張って紹介してくれたときとか。



 カズヤという存在があたしの中ですごく大きかった。

 幸せすぎて、幸せすぎて。





 こんな人にはもう巡り逢えない。


 なんとなくそう、インスピレーションを感じていた。











 その日は付き合って1年が経とうとしていた、暑くて、夜も25度を越えた熱帯夜だった。



 準夜明けの午前2時。

 シャワーからあがってきたばかりのあたしのタイミングを狙ってか、


 カズヤ指定の着信音が鳴った。




「カズヤ、どうしたの?」

「・・・風呂あがり?」

 外からの電話なんだろう。

 周りから漏れるノイズ。

「そ、だけど?」

 あたしの行動パターンがカズヤの思考に染み付いているのか、“やっぱり”なんて得意げに電話の向こうで笑った。



「俺、今さ、サエの家の近くまで来てるんだ。会いに行ってもいい?」



 珍しいと思った。

 カズヤは、あたしが夜勤とか準夜明けの夜は、あたしの身体を気遣ってこないのが、

 いつの間にかの暗黙のルールになっていたのに。

 その日に限って、少し甘えたような声であたしに語りかけた。



「うん、おいで」

 その愛しさに、顔が綻んだ。

「ホント?」

「待ってるから」

 本当は今すぐにでも布団に入ろうと思っていたけど、

「うん、行く! すぐ行くよ、10分ぐらいで着くと思うから、待っててよ」

 電話越しにも想像できるカズヤの声だった。



「行ったら、すぐに抱かせて」



 場を和ませるような、おどけたような声。



「わかったから、気をつけてよ? もう遅いんだから」

 あのとき、どうして素っ気無い言葉を投げてしまったのだろう。





「りょーかい、りょーかい。じゃあ、あとでね。愛しいサエちゃん」



「ばか」



 いつものようにお決まりの会話をして、切話ボタンを押した・・・・。









「・・・・・遅いなぁ・・・・。何やってんだろ・・・・・?」



 すぐに行くから、そういっていたはずのカズヤからの電話から、

 1時間。

 あたしは、まだ部屋に1人だった。


 ソファーにごろん、と。

 疲れてクタクタの身体を横たえた。




 時計が無機質な音を立て、進んでゆく。




 ・・・・・気が、変わったのかな・・・・・

 それにしても連絡の1つも寄こさないで、なんてヤツなんだろう。

 今度会うときには意地でも抱かせてやらない。



 そんな考えが、脳裏を過ぎらせたその時、





 プルルルルルル! プルルルルルル!





 静かな真夜中には、けたたましいほどの音量で、携帯電話が鳴る。

 着信は病棟、ナースステーションからだった。




 緊急搬送でもあっただろうか、人員不足で呼び出されるのも日常茶飯事。



「はい、」

 あたしは少し、緊張した面持ちで電話のボタンを押した。

「高橋さん・・・っ」

 聞き慣れた師長の声だった、いつもより冷静さを欠いていることを除けば。



「落ち着いて聞いてね・・・・」





 そのあとの言葉は、いつも温かみのある師長の言葉も事務的に聞こえた。

 聞き取れた単語は、



 “バイク事故” “意識不明”





 そして、・・・・・カズヤの名前だった。











 そのあとは、よくわからない。

 どうやって家を出て、どうタクシーを拾ったのかも、

 どう病院に辿り着いたのかも。

 しっかり歩いていたのかも。

 “手術中”と赤く灯る文字を見つめながら、

 そのあまりに長く感じた時間、あたしは何を考えていたのかも。



 そのあたしの手に握られたのは、カズヤが救急車で運ばれたときにその掌に握っていたと言う、



 ひしゃげた箱に収められた、シルバーのラブリング。



 その華奢なスタイルの指輪を、壊してしまいそうなくらいに強く握り、






 祈った。





 神様なのか、

 今、この重たい扉の向こうで蘇生処置を行っている医師なのか、


 誰に乞うているのか、わからないけど


 誰でも、いいから。


 お願い。





 あたしから、カズヤを奪わないでください。











 その後。


 病院でようやく対面したのは、

 白い布がかかり、キレイに処置が終わり、うっすらとお粉をはたかれたまだ、温かいカズヤだった。

 頬にはあのときよりも紅く、太い擦過傷。

 その薄く開いた色味のない唇は、

 声をかければ、いつもみたいに憎まれ口を叩きそうだった。


 “好きだよ”なんてキザに言ってくれそうだった。




 でも、その唇が、もう言葉を紡いでくれないことぐらい、わかっている。





 
 事故で搬送されてきた患者さんを何度も見ていた。

 何度もエンゼルケアを施し、無言のまま家族と面会する方を見てきた。

 泣き叫ぶご家族も見てきた。


 医療者は、看護師は、いつも、冷静でいなければいけない。

 そう思っていた。

 だから、あたしは親しい人に何か遭ったとしても、絶対取り乱したりいないと思っていた。



 そして、



「やめてよ、何やってるの?」

 あたしは、そこに横たえられたカズヤの肩を掴んで揺すった。

「何してるの? 悪い冗談?」

 事故を経験してるんだから、その恐さだって知ってるはずなのに、

 “気を付けてね”て言ったのに。


 ねえ、起きて。


「寝たふりなんか、しないでよ・・・・・っ」



 どれだけ揺すっても、その視線を絡ませることはない。


 溢れて溢れて仕方ない、涙はあたしの頬とカズヤの頬をびしょ濡れにした。

 せっかくはたいてもらったお粉の白さも褪せてしまうくらい。




「起きてよ・・・・ぉ・・っ」



 あんなに触れ合った唇が、

 あたしを抱きしめてくれたその逞しい腕が、

 あたしをすっぽりと包み込んでくれた胸が、

 あたしと、カズヤの1年間が



「いや・・・ぁっ・・・・・!」



 すべて冷たく、消えてしまいそうで、怖かった。



 どんなときもあたしを慰め、涙を拭ってくれた、カズヤはもう、ここにいない。






 カズヤと最後に交わした言葉は何だっただろう・・・・。

 カズヤと最後に抱き合ったのはいつだっただろう・・・。



 カズヤの最後の笑顔は、どんなだっただろう・・・。





 カズヤは死の瞬間、誰を思ったのだろう・・・・。







 そのコトにもう答えてくれる人もいなかった。























 ねぇ。カズヤ。



 あたしはアナタという誰よりも愛する人を失い、ちょうど1年が経ちました。

 最近のあたしは、というと。



「711号室の佐藤さん、昨日夜勤帯に38度台の発熱と嘔吐がありましたが、今とりあえず落ち着いてます。

712号室の栗原さん、・・・・」


 夕方の申し送り。

 夜勤勤務の看護師との引継ぎ。


 相変わらず、アナタと出逢ったアノ、病院で働いてます。

 アナタの分も生きなきゃいけないと思いながら、頑張ってます。

 あたしのコトを、あなたがくれた指輪が守ってくれているような気がします。

 ううん、きっと守ってくれてるんでしょ?



“今日も頑張ってる、サエ?”

“泣いてないか? サエは強がっている割に泣き虫だから”



 って。

 あたしのことを、その空の上から眺めているんでしょ?


 その空に輝きはじめた小さな星のように。




 でも。



 それでもまだ、あたしは逢いたいと願ってる。

 アノ瞬間から今もずっとアナタにまた逢うまで消えるコトのない想い。





 だけれど、それはきっと50年も60年も先の話になるんだと思う。






 ねぇ、我が侭なお願いをしてもイイ?

 カズヤに・・・・一つ、一つだけお願いがあるの。








 あたしが、アナタの元に行くときは、必ず迎えに来てね・・・・・?







 カズヤ。

 この世界でアナタに出逢えたことを感謝します・・・・・・。













 また、アナタに出逢ったあの、暑い夏がやってきます。























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まナたんへのお誕生日プレゼント小説!
紅には書きやすい(と想う)、ちょっと医療系をかじったお話。


「夏」「悲恋」でリクもらったんだけど、

あんまり夏描写や、悲恋感がない・・・(彼、死んじゃったし。

そして、今までにないくらい長いかも! 約10KB。

でも、その長さに負けないくらい、まナたんへの愛情は不滅です!



◆まナよりコメント◆
紅たんより誕プレとしていただきましたぁ!
紅たん泣けるよっっ!!
お調子者のカズヤくんに少しずつ惹かれてく気持ちや
愛される幸福感。その分襲いかかる絶望感。色んなものが胸に
こみあげてきてどんどんお話に引き込まれちゃいました!
ありがとうvvv
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